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空間と心のディペンデンシー

念願のマイホーム購入からはじまる夫婦すれ違い

遠山 高史遠山 高史

2019/08/30

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こだわりのマイホームもつかの間……。

念願のマイホームを買ったという女性の話である。彼女は旅行とカフェめぐりが好きな、30代前半の女性である。結婚してすぐに物件を探しはじめ、苦労したが気に入った物件を見つけ、先日めでたく新居に引っ越した。建売だが、完成前に購入を決めたので、内装などは希望の物を選ぶことができた。

価格も場所もこだわって、インテリア選びにも苦労したらしい。以前からよくマイホームが話題に上っていたので、自慢の家の写真を見せてもらった。ベージュの壁と茶色い屋根の典型的な建売住宅だが、家の中は彼女が厳選したという洗練されたインテリアが配置され、すっきりと片付いていた。インテリアの色は、すべて濃い茶系、ラグやクッションはアイボリーと緑系でそろえてあり、大昔に行った南国のコテージを連想させる。色の濃いインテリアと真新しい白い壁紙のコントラストも、異国風の演出に一役買っている。一番のお気に入りは、マホガニーのダイニングテーブルだそうだ。

「なかなか居心地がよさそうですね」と言ったら、照れながらも嬉しそうだった。

それからしばらくして、偶然再会したので、マイホームでの生活はその後、順調かと聞いてみた。すると、彼女は眉間に皺をよせて、少しの間、口に出そうか出すまいか迷った後、「先生、私、やっぱり我慢しなければよかった」と言う。

一体どうしたのかと聞くと、実は、内装を決める際に、旦那と揉めたそうで、何度も話し合った末に、玄関、風呂場、トイレのタイルと、室内の壁紙の色は、しぶしぶ相手に選ばせたという。彼女自身は、すべての空間を、落ちついたダークトーンで統一したかったので、壁紙やフローリング、水回りのタイル等すべて落ち着いた茶系に統一したいと主張した。しかし、旦那の方は、明るい色合いが好みで、タイルは白くあるべきだし、壁紙も照明も明るくなければ、息が詰まると言って譲らなかった。

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よくよく考えると見えてくる不満の原因

言いたいことは星の数ほどあったが、業者をこれ以上待たせるわけにもいかなかったで、一部旦那の好きにさせた、そうだ。

最近になって、旦那が割り当ての家事を怠るようになり、我慢ができなくなってきたという。白い壁紙や陶器は、すぐに汚れるのに、旦那は掃除をしない。あろうことか、彼女のお気に入りのダイニングテーブルにパンくずをまき散らし、そのままにしておいて平気な顔をしているのだ。こんなことなら、全部私が決めればよかった。「どうせ管理するのは私なのに!」と。

まったくもって耳が痛い。なぜなら私も妻にそのような小言を始終聞かされているのだから。立場上、旦那側の弁護に回りたかったが、ぐっとこらえた。こういう時の女性は、大抵、愚痴を聞いてほしいだけである。したり顔で余計なアドバイスは無駄どころか大いに害であるから、ひたすら聞き役に徹するのが正しい。世の男性諸君は、口答え等するから、問題が大きくなるのだと言っておきたい。そして、最後に、あなたは正しい、その考えはもっともであるというようなことを言葉に出してやれば、最善である。

閑話休題。

さて、彼女は今までの不満を一気に吐き出した後、「すみません。こんなこと聞いてもらって。誰かに聞いてもらいたかったんです」と言った。もちろん、私は、気にしなくてもいいと言ったが、別れ際に「壁紙が白いのは気にしなくて良い。いずれ、焼けて茶色くなるんだから」と付け加えたのは、蛇足だった。

こういった諍いは、よくあることだ。好きで結婚したとしても、もともと違う人間なのだから、まったく同じというわけにはいかない。結婚とは、異なる文化の融合であるから、ある程度の衝突は免れないし、長年染みついた習慣や好みはそう簡単に相手に合わせられる物でもない。妥協と衝突を繰り返しながら、えっちらおっちらやっているうちに、ある日、気がつくのだ。白い壁紙が茶色になってゆくように夫婦は調和してゆくものだということを。

 

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この記事を書いた人

精神科医

1946年、新潟県生まれ。千葉大学医学部卒業。精神医療の現場に立ち会う医師の経験をもと雑誌などで執筆活動を行っている。著書に『素朴に生きる人が残る』(大和書房)、『医者がすすめる不養生』(新潮社)などがある。

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